2019/10/08

本質の追求と進化

だって、オレ日本人だし…。

 

お店では、魚は毎日田崎市場から仕入れています。

私自身、魚介専門の店で修行したわけではありませんし、漁師のせがれでもない。

釣り船を揺り籠に育ったわけでもありませんし、鳥羽でも一郎でもありません。

ゆえに、魚のさばき方も自己流ですし、今だに和食の職人さんに、扱い方をご教授してもらってます。

触ったことのない魚は、仲買の方に特徴、主な調理法を聞いて料理のイメージを膨らませます。

魚って、日本人にとっては最もゆかりの深い食材だなあ、と日々の仕事の中で感じています。

白身にしろ、赤身にしろ、青ものにしろ、ご来店されるお客様は、鮮度や旨みに敏感です。

言い換えれば、「日本人は」と言った方が良いでしょう。

 

「イタリア食堂」と名乗っている以上、ほとんどのメニューはイタリア料理であろう、と心がけています。

ですが、私が育ったのは南阿蘇の田舎町です。

わずかな期間、イタリアで修行をしたとしても、イタリア全土をくまなく回ったわけでもなく、

イタリアのどこかの町にマンマと言える家族のような知り合いがいるわけでもありません。

ゆえに、名前は知っているが、馴染みのないレシピや料理もたくさんあります。

イタリア料理と一口で言っても、隣の州は違う国。料理や材料も全く趣の異なることも多いです。誠に複雑怪奇。

この辺りが、イタリア料理がなかなか馴染まない理由かなあ、と考え込んだりもしますが。。。。。

 

閑話休題。

 

ネットの普及で、熊本という地方都市でも世界各国の素材食材が手に入るようになりました。

しかしながら、そんな素材は値段が張ります。たまに清水の舞台から飛び降りる、こともままあります。

それゆえに料理を作るために、身の回りで手に入るものや、調味料を手作りすることで、多くの皆さまにご提供できるようにと、心がけています。

ゆえに、オマージュはオマージュとして、またはカジュアルダウンして、はたまた代替品使って料理を作ることになります、が、やはり、まずは「クラシコ」と呼ばれる伝統的レシピをきちんと理解することが、お客様に、イタリア料理というものに対しての最低限の礼儀なのかな、と思っています。

 

で、やはり、ネットの恩恵を大いに受けているわけで。

 

ありがたいことに、イタリア語で「メニュー名 ricetta」と検索をかければyoutubeで本場のレシピ動画が出てきます。

誠に、ま、こ、と、にありがたい。

 

で、こないだも、あれやこれやと動画を見ておりましら、面白い動画を見つけました。

 

⇩コレ。

サムネイルのセンターには、あのクソまずい(と言われた)イギリス料理を美味しくした立役者のスターシェフ、

ジェイミー・オリバーの顔も見えます(太ったなあ)。

 

イタリア語がわかる方は、動画を是非ご視聴ください。

 

大まか内容をご説明しますと、イタリアで伝統的なレシピを踏襲する親父シェフと進化するイタリア料理を表現している若手シェフらの計3人が(この動画の前編でそれぞれのカルボナーナを披露してますのでこちらも必見)アメリカ、イギリスなどの有名シェフや料理系youtuberのレシピをチェックするという内容。

 

ま、結果申しますと、

 

「なんで、ニンニク入れんだよ〜」

「たまねぎ? は、なんで?」

「これ、カルボナーラなのか?」

と、それぞれのレシピに茶々入れてる動画なのです。

 

しかしながら、伝統に頑固なイタリア人シェフのぼやき動画なのかと思いきや、この動画を視聴しての私なりの感想は、やはり、「カルボナーラ」、「イタリアン」と紹介するのであれば、「クラシコをベースにしてほしいんだよね〜」というイタリア人のささやか(?)なプライドであり、「よその国だから、しょうがないけど、『アレンジ』とか『オマージュ』って言ってほしいよね〜」という願いなのではないかと。

 

海外に旅行に行って、sushiと看板掲げてる店のメニュー表にカルフォルニアロールしかないと「ムムム?」となるでしょ。tenpuraって店で、フィッシュアンドチップスが出てきたら「およよ?」ってなりますよね。

(ま、最近の回る寿司屋さんのメニューみれば、「日本人よ、おまゆう?」という状況ですが)

 

残念ながら、当店には「カルボナーラ」というメニューはありません。たまに、お客様からリクエストをいただいて、作ることはありますが、あくまでも「トリッパのカルボナーラ」としてお出しします。なぜなら、完璧にクラシコのレシピではないから。その他のメニューも同様に。

本場でしか手に入らないものは、どうしても代用しますし、できる限り忠実に手作りしたりします。しかしながら、「本物」ではありません。あくまでも「トリッパ」のイタリアンなのです。

 

しかしながら、自分としては、「クラシコ」を十分に理解してそれぞれの料理に向き合いたいと常々思っています。

 

魚も、日本とイタリアでは取れる種類も状態も、加工法も、受け取る側の消費者の味覚も違います。

お店では、天草灘や有明で取れる魚介を使って、いかに「シンプルに」かを信条に、しめ鯖も、昆布締めも、南蛮漬けも、そしてシンプルなカルパチョも。

 

日々、メニューを書くとき、考えるときには、必ず「クラシコ」のレシピ(リチェッタ)を確認します。

レシピの理解は間違っていないか? クラシコの本筋から外れていないか?

その上で、手に入る、加工できる食材をベースにして、「トリッパ」の「イタリアン」を調理することになります。

 

とはいえ、最終的な味付けは、自分自身が培ってきた「阿蘇生まれの日本人」の感覚によるものになります。

いかに看板に「イタリア」の文字を冠しようとも、

 

「やっぱり俺、日本人だから」

 

ということで、また明日も「トリッパのイタリアン」を目指して仕事に励みたいと思います。

 

深謝。