
およそ20 年前、料理人を志したころに雑誌で知った「トリッパ」という食材。
知り合いに頼んで赤牛のトリッパを取り寄せましたが、下ごしらえの方法も調理の仕方もわからず、当時は熊本でもトリッパ料理を出しているイタリア料理店もありませんでした。
それから数年後、イタリア修行時代に通ったトラットリアでトリッパを食べたときの力強さと美味しさに魅了されました。
どうやったらあの「醜い」トリッパがこんな料理になるのだろう?
それから私の中で、イタリアンを志すならば、このトリッパをみんなに食べてもらいたい、ちゃんと胸を張って美味しいトリッパを提供できるようになりたいと思い始めました。
店名のトリッパとは牛の第2胃袋のこと。
九州産の牛の胃袋を新鮮な生のまま届けていただいています。見た目はひどいです。
黒や茶色の薄皮がついたトリッパは、とてもそのまま煮るだけでは食べられるものではありません。

しかし、丁寧に新鮮な状態で薄皮を剥いで下ごしらえをすると、乳白色の輝きを見せます。
赤ちゃんのきめ細かい肌のように可愛い、とさえ思います。
それを丸鶏と牛スネ肉でとったブロード(スープ)で煮込むことで、臭みのない旨味たっぷりのトリッパの煮込みが出来上がります。
新鮮な素材を丁寧に愛情こめて調理することによって作られる料理。
家族に美味しいものを食べて欲しいと願うマンマのような思いをこめて、店名を「トリッパ」にしました。ちなみに、飼っている駄犬の名前もトリッパです。
和食が「スシ」と「テンプラ」だけではないように、イタリアンも「ピザ」や「スパゲティ」だけではありません。
季節が変わり、素材が変化すれば、それだけでたくさんの料理が生まれます。
野菜や肉、魚。阿蘇や天草、有明といった自然からもたらされるそれらの恵み、熊本は素材の宝庫です。その地元の新鮮な食材をシンプルな調理で、熊本ならではのイタリアンを提供したいと思っています。


弊店スタッフにも食べ物の好き嫌いがある子たちがいます。
そもそもワインが苦手な子、香りの強い野菜が苦手な子、きのこ類全般がダメな子・・・。
お店で振舞う賄いには、わざと嫌いなものを出すことがあります。意地悪ですが。全てのスタッフは、ウチの賄いで好き嫌いが無くなります。
同じようにお客様にも苦手な食べ物がある方がお見えになります。
特に「トリッパの煮込み」はお客様にとって未知の食べ物であったり、経験はあるけど良い思い出がなかったり。
そんなお客様がお帰りの際に、「美味しかった」「初めて食べたが好きになった」とおっしゃっていただけることが何よりも嬉しく思います。
当店でご用意しているメニューには、お客様が、初めて目に、耳にするメニュー名が並んでいることがあります。
これまでの経験として、お客様が知らない、分からないメニューはスルーされてご注文をいただけない事が殆どです。
それでもイタリア語のメニューを掲げるのは何故か?
それは、イタリア料理を知って欲しいという、ただ一つの思いからです。

「フリット」とはイタリア料理の中の揚げ物料理の事です。わかりやすくいえば「テンプラ」であり、「唐揚げ」の事です。
しかし当店でご提供しているのは、イタリア料理の「フリット」なのです。
和食もイタリア料理にも共通の素材があります。
ましてや食材は殆どが熊本の物。では「テンプラ」でいいじゃん、にはならないのです。
ご提供するときには、鱧であり、エビであっても「フリット」という姿に昇華され、お客様の目の前に届けられます。
忘れられないエピソードとして、オープンしてしばらくの頃、見覚えのある20代の女性二人組のお客様が、メニューを見ずに、「トリッパを下さい」とご注文された事でした。
彼女たちにとって、「トリッパ」が正体不明のものでは無く、口馴染みのあるイタリア料理になった、と一人キッチンでガッツポーズをとっていました。
